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大田昌秀沖縄元県知事大いに語る!

2010/10/20
10月17日午後より、佐倉市で元沖縄県知事の大田昌秀さんの講演会が行われた。
千葉県の超党派の地方議員で結成する「9条の会千葉地方議員ネット」主催。

大田さんは85歳とはとても思えない素晴らしい記憶力で、数字、固有名詞、全て正確に、紙も見ずにノー原稿で1時間半話した。いつも「紙だのみ」のどこかの知事とは大違い!

大田さんの語る沖縄戦の悲惨さは、まるでそこに地獄絵図があるように、まざまざとリアルに聞く者に迫る。戦争でいつも一番被害を受けるのが一般市民だ。中でも子どもたちのケースが痛ましく、胸がつまる。沖縄戦で亡くなった14歳未満の数は、11,483人。4歳までの幼児が4450人と、4割を占める。避難した壕の中で、泣くと米兵に知られるというので親の手によって無理やり殺された子どもも多い。

本土が焦土にならないよう、沖縄で食い止める戦い、それが沖縄戦だ。沖縄が捨て石にされ、大勢の住民が米軍、そして日本軍の手によって殺された。日本軍の高官がはっきりと「沖縄は玉砕が前提である」と宣言していたという。戦争は常に醜いものだが、沖縄戦は「醜さの極致」であった。


捨て石にされた沖縄は、戦後も本土から切り離され、日本全体の米軍基地の74%が今も沖縄に集中している。

戦争終結後、沖縄は米軍によって封鎖された。
「日本国憲法」は横浜からの密航船によって、沖縄に持ち込まれたという。当時は印刷機もなく、一言一句鉛筆で書き写し、それを大田さんは読んだ。「戦争をもう永久にしない」と書かれた9条を読んで、大田さんは震えたそうだ。だが日本国憲法はその後、27年間沖縄には適用されなかった。
そして、沖縄が日本に返還されたあとも、現在まで一度も沖縄に憲法9条は適用されていない。世界に戦争のため飛び立つ米軍機。その基地を抱えたまま、何が憲法9条か。

9条を守るということ、それを私たちが宣言するということは、必然的に沖縄の米軍基地問題に真正面から向き合うことだ。それはまた、日米安保条約に向き合うことになる。えてして私たちは、「9条は守るべきもの」と言いながら、沖縄の基地問題には無関心、まして日米安保条約など蚊帳の外として、議論も深まらない。9条の会に入っているのに、「普天間基地は仕方がないでしょう」とあっけらかんと発言した人を私は知っている。

こんな私たちの矛盾を突きつけたのが、大田さんの講演だった。本当に聞いて良かったと思える講演は少ない。その数少ない講演をして下さった大田さん、そして色々大変な中をかけずり回って今日の講演会を成功させた議員ネットの仲間たちに感謝、感謝である。

写真は、講演中の大田さん。そして打ち上げで、市民ネットのメンバーとの記念撮影。 


太田さんを囲んで 

太田昌秀さん 

太田昌秀さん

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13:40 市民活動

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