▶旧ブログのシステム変更のため、こちらに新ブログを移行しました。 →【旧・県県Go!Go!】アーカイブはこちら
▶当ブログ内に掲載されているすべての文章の無断転載、転用を禁止します。

スポンサーサイト

--/--/--
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

FC2Blog Ranking ←千葉の問題をより多くの人に知ってもらうため、クリックで応援してね!

--:-- スポンサー広告

川辺川ダム視察ツアー〈3月25日~26日〉

2010/03/28

八ツ場ダムが揺れている。地元住民の生活再建の道筋も立てずに、1号橋など巨大な建造物を作り続けて行っても、川原湯温泉の未来はないのではないか。
「西の川辺、東の八ツ場」とうたわれてきた熊本県に建設中の川辺川ダム。「中止」が表明されたあと、住民の生活はどうなっているのか。八ツ場にとってもヒントになることが多いのではないか。そう考えた末、会派での視察となった。

1日目(3月25日)小雨
午前10時15分熊本空港到着。参加者は、会派の4人(吉川、小宮、川本、大野)と宮田さん。空港で「清流川辺川を守る県民の会」の中島さんと合流。すぐにレンタカーを借り、車内で中島さんのお話を聞きながら現地に向かう。途中人吉市で九州大学の若い学生さんが合流。

五木村に入る前、ちょうど相良村との境目に、川辺川ダムのサイト予定地があった。まさに、八ツ場ダムサイトと同じく、狭まった山あいで渓谷が曲がっている場所だ。

ダムサイト 

まずは五木村役場で、副村長さんのお話をうかがう。
昭和40年代に3回の大洪水があり、治水のためにダム建設案が浮上。当初は村民こぞって反対したが、八ツ場ダムと同じく、国の切り崩しにあい、賛成の立i場へと転換していった。しかし、ダム建設の大きな目的であった農業用水の需要も薄れ、治水の面でも「ダムは洪水には役にたたない」という認識が住民や県民の間に高く、潮谷前知事は中立的立場で、国・県・住民が徹底的に話し合えるよう協議の場を設ける。

そしてついに一昨年9月、蒲島知事が「現行の川辺川ダム計画を白紙撤回し、ダムによらない治水対策を追及するべきである。」と宣言した。 

いつき村役場 

女性村議は樅木さんただおひとり。

かやぶき屋根をいだいた古民家を訪ねる。ちょうどお雛様を展示していた。

資料館 

しかし、昔を伝える建物がこの資料館1軒だけとはさびしすぎる。五木村の魅力は「子守唄」であらわされる昔のたたずまいである。村興しを言うなら、この点を押さえない限り、非現実的だ。
集落には昔は6000人住んでいたが、ダム建設による村外移転などもあり、現在の村の人口は1300人ほど。代替地の新築家屋はどれもが、目を見張るばかりの豪邸。しかし、高齢化率は40%を上回り、路地で遊ぶ子どもの姿はない。豪邸は、水没予定地からかなり嵩上げされた高台にある。端は見上げるような絶壁。まるでコンクリートの要塞のようだ。私たちはこの豪邸地域を「イツキ―ヒルズ」と名付けた。 

イツキーヒルズ 

下の写真は水没予定地区。家は立ち退いたが、道路があった様子が分かる。盛り土がしてある上は農地の予定。 

村落あと 

ただひとり昔の土地に残り、移転を拒み続けている尾方さんを訪ねた。ご夫婦二人だけの住まい。古いお家はイツキーヒルズとは天と地ほどに違う住宅環境だ。すぐ横の畑はよく手入れされている。国の詐欺まがいの用地交渉に対する尾方さんの怒りは、いまだ収まらない。 

尾方さんの畑 

ダム建設が、環境破壊だけではなく、こうして人の人生を破壊していくことを尾方さんは誰よりも如実に証明している。なんと痛ましく、さびしいことであろうか。だが、昔の土地に踏みとどまり、ひとりぼっちで農業を営む尾方さんを見て、村のこどもたちは「かっこいい」と言っているそうだ。

夕刻迫る五木村を後にして、一路熊本市に向かう。
途中の石垣を巡らせた村々の様子が、千葉県とは全く違う眺めで、なんとも楽しかった。

この項続く。

(明日より3日間県外にいるので、ブログ更新は少し後になります)

FC2Blog Ranking ←千葉の問題をより多くの人に知ってもらうため、クリックで応援してね!

06:35 視察報告

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。